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札幌高等裁判所函館支部 昭和39年(行コ)2号 判決 1965年11月25日

控訴人(被告) 福島町長

被控訴人(原告) 蝶野東郷

主文

控訴人が昭和三五年八月二二日頃訴外北海道町村会との間に締結した、北海道松前郡福島町が北海道町村会から町村税滞納整理員只木良一の派遣を受け、同人をして納税者の滞納にかかる同町町税を徴収せしめ、その徴収金額一〇〇分の五および取扱件数一件につき金一〇円の割合による金員を同町村会に納付する旨の契約が無効であることを確認する。

控訴人は前項の契約に基づく金員の支出をしてはならない。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

被控訴代理人は、当審において訴を変更して主文同旨の判決を求め、控訴代理人は、右訴の変更に同意したうえ請求棄却の判決を求めた。

被控訴代理人は、請求原因および控訴人の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

一、被控訴人は北海道松前郡福島町(以下「福島町」という)の住民である。

二、控訴人福島町長は、昭和三五年八月二二日頃訴外北海道町村会(以下「町村会」という)との間に主文第一項掲記の内容の契約をした。そして右契約に基づき只木良一をして滞納町税の徴収にあたらせ、その徴収金額および取扱件数を基準に約定の割合で算定した金員の一部を既に町村会に納付し、今後その残部を納付しようとしている。

三、しかしながら、

1、町村会は、その設立につき法令の根拠を有しない単なる申合せの団体にすぎないから、私の団体である。仮に控訴人主張の如く地方自治法(昭和三八年法律第九九号による改正前の同法を指す。以下同じ)第二五二条の二第一項後段に基づき設立されたものとしても、同条第二、第三項所定の告示、届出および議会の議決を経ていないから、同条にいう協議会ではない。

2、只木良一は、私の団体にすぎない町村会の職員であるから、一私人である。もつとも、控訴人が昭和三五年八月二二日只木を福島町事務吏員に任命したことは認めるが、右任命は次の理由により無効である。すなわち、(一)、控訴人は真実只木を福島町の吏員とする意思はなく、単に、同人に徴税行為をさせる目的のもとに、かつ、その徴税行為が正当なものであるかの如く装うために、同人を吏員に任命する形式をとつたにすぎない。このことは、同人が依然町村会から給与を支給され福島町からはその支給を受けていなかつたこと、同人が福島町吏員に任命されると同時に北海道松前郡松前町(以下「松前町」という)の吏員にも任命されていたこと、同人が福島町の徴税事務を執行するにあたり町村会町村税滞納整理員という肩書を用いていたこと等に照らし明らかである。されば控訴人のした任命行為は無効である。(二)、右(一)記載のとおり、只木は福島町から給与を受けていないが、かように無給の職員を任命することは地方自治法第二〇四条第一項および地方公務員法に違反し無効である。(三)、右(一)記載のとおり、只木は同時に福島町と松前町の吏員に任命されているが、かように同一人を同時に数個の地方公共団体の吏員に任命することは地方自治法、人事院規則の予定していないところであつて無効である。

四、そうしてみれば、控訴人は私の団体にすぎない町村会に福島町の町税の徴収を委託し、委託を受けた町村会は自己の職員只木良一をしてその徴収に従事させたものというべきところ、右の如く町村会に町税の徴収を委託したことは、地方自治法第二四三条第三項の「普通地方公共団体は、公金の徴収若しくは支出の権限を私の団体若しくは個人に委任し、若しくはその権限をこれらの者をして行わせ(中略)てはならない」との規定に違反し、無効であるというべきであり、従つてまた控訴人が町村会に対し、只木がした町税徴収の実績に応じた金員を納付することは、適法な原因を欠くものとして、いわゆる公金の違法な支出にあたるというべきである。

五、そこで被控訴人は、昭和三五年一一月一五日右金員の納付につき福島町監査委員に対し、地方自治法第二四三条の二第一項に基づく監査請求をしたが、同月二一日監査委員から公金の違法な支出でない旨の通知を受けた。

六、しかし被控訴人は監査委員の右措置に承服できないので、同条第四項に基づき、請求の趣旨記載のとおり本件契約の無効確認および右契約に基づく金員の支出の禁止を求めるため本訴におよんだ。

控訴代理人は、答弁として次のとおり述べた。

一、被控訴人主張の請求原因事実中第一項、第二項中控訴人が昭和三五年八月二二日頃町村会との間に主文第一項掲記の内容の契約をし、右契約に基づき只木良一をして滞納町税の徴収にあたらせたこと、および第五項は認め、同第三、第四項は争う。

二、1、町村会は、北海道内の町および村をもつて組織されているところの、地方自治法第二五二条の二第一項後段の「普通地方公共団体の協議会」であつて、公の団体である。町村会が同条第二、第三項所定の告示、届出および議会の議決を経ていないことは認めるが、それにより設置が無効とさるべき理由はない。

2、只木良一は右の如き性格の町村会の職員であるから、地方公務員であるばかりでなく、控訴人が昭和三五年八月二二日福島町の事務吏員に任命したので、同町の地方公務員でもある。もつとも、同人が依然町村会から給与を支給され、福島町からはその支給を受けていなかつたこと、および同人が同時に松前町の吏員にも任命されていたことは認めるが、これらのことは福島町の吏員に任命されたことの効力を左右しうるものではない。

三、右只木がした福島町町税の徴収行為は、同人の福島町吏員としての身分に基づくものであつて、町村会職員としての身分に基づくものではなく、かつ、控訴人が町村会に納付する金員は、只木がした徴税行為の実績を基準として算定されるものではあるが、町村会が行つている滞納整理事業の経費に充当されるもので、その本質は町村会の会費であるから、右金員と只木の徴税行為との間にはなんらの対価関係はなく、右金員は、せいぜい只木の派遣を受けたことに対する対価にすぎないというべきであるから、右金員の納付は公金の違法な支出にあたらない。

四、そもそも本件は、町村会が「北海道町村会滞納整理事業」という名称で行つているところの、町村会に滞納整理員を置き町村の求めに応じてこれを派遣し町村税の滞納整理にあたらせ、もつて町村財政の健全化を図らうとする滞納整理員派遣制度の利用として行われたものであるところ、安い政府(チープ・ガバメント)、すなわち住民の租税負担を軽減し最小限度の費用で自治を行うことは、近代地方自治の要請であり、いわゆる人件費を抑制してこれを事業費にまわすことは、ひとり北海道のみならず全国地方公共団体共通の課題となつているが、租税滞納整理は年間を通じて常時行われる事務ではなく、また年により町村により繁閑の差が著しいので、各町村毎に滞納整理員を置くことは不必要に人件費を増加させることになるし、特殊な知識と技術を必要とするから適任者を得難い憾みもあるのであつて、町村会の前記滞納整理員派遣制度は、これらの問題点を一挙に解決する極めてすぐれた制度であり、もとより違法視さるべきものではない。

(証拠省略)

理由

控訴人福島町長が昭和三五年八月二二日頃町村会との間に、福島町が町村会から町村税滞納整理員只木良一の派遣を受け、同人をして納税者の滞納にかかる同町町税を徴収せしめ、その徴収金額一〇〇分の五および取扱件数一件につき金一〇円の割合による金員を町村会に納付する旨の契約をしたことは、当事者間に争いがない。

控訴人は、町村会は地方自治法第二五二条の二第一項後段の「普通地方公共団体の協議会」であると主張するところ、成立に争いのない乙第一一号証によると、町村会は地方公共事業の円滑な運営と地方自治の振興発展を図ることを目的とし、その達成のため町村の事務および町村長の権限に属する事務の連絡調整等の事項を実施すべく、北海道内の町村をもつて組織された団体で、組織、運営等に関する定めをおいた規約を有していることが認められるけれども、その設置につき同条第二項に定める告示、届出、第三項に定める議会の議決を経ていないこと控訴人の自認するところであるのみならず、当審証人野田幸彦の証言によると、町村会は、右法条に基づく協議会となることによつて受けるであろう諸般の制約を免れるため、ことさら法律の定める手続によらない事実上の団体として設けられたものであることが認められるから、控訴人の右主張は採用できない。

次に、控訴人が昭和三五年八月二二日町村会の職員である町村税滞納整理員只木良一を福島町事務吏員に任命したことは、当事者間に争いがなく、被控訴人は、右任命は無効であり、控訴人は福島町町税の徴収を町村会に委託したものであると主張する。よつて案ずるのに、まず只木良一が福島町吏員に任命された後も町村会から給与を支給され、福島町からはその支給を受けていなかつたこと、同人が福島町吏員に任命されると同時に松前町吏員にも任命されていたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一四号証によると、控訴人が只木を任命後長くても一ケ月足らず、通常は僅か数日で事務の都合を理由に解職し、さらにこれを任命するという風に、短期間の任命、解職を繰り返していたことが認められ、次に成立に争いのない甲第三ないし第五号証、同じく乙第一二号証の二、当審証人吉沢辰雄の証言、原審および当審における被控訴本人尋問の結果を総合すると、只木は事務吏員に任命されると同時に徴税吏員を命ぜられたが、出納員には命ぜられていず、従つて管内の部落に出張するときなどには、出納員を兼ねている本来の徴税吏員が一、二名同行するのが常であつたけれども、滞納者を呼び出し、これと接渉するに際しては只木が中心的立場にあり、他の者は補助的存在にすぎなかつたこと、只木が徴税行為を行うに際して用いた文書である甲第三号証の「町税の滞納金整理について」と題する滞納者あての書面には、差出人として福島町役場内北海道町村会町村税滞納整理員只木良一という名義が用いられ、かつ、右只木が福島町町税の滞納金を整理するため町村会から派遣された者であつて、今後一切の権限と責任をもつて整理にあたることになつた旨記載されていること、右甲第三号証とは別種類のもので同様に只木が用いた文書である甲第五号証の「町税の滞納金整理について」と題する書面にも、差出人として右同様の名義が用いられていること、只木が滞納者に差し入れさせた文書である甲第四号証の「納税誓約書」には、あて名として福島町長名とならび北海道町村会町村税滞納整理員只木良一の名が記載されていること、および福島町の昭和三五年度追加更正予算には、本件により福島町が町村会に納付すべき金員が町税徴収員委託負担金という費目で計上されていることが認められる。以上の認定に反する証拠はない。しかして、右認定の諸事実に冒頭認定の本件契約の内容を合わせて全体的に観察し、殊に、只木が町村会から給与の支給を受け、福島町からはその支給を受けていなかつた点、その任命解職が短期間をもつて繰り返されていた点、同人が徴税行為を行うに際し町村会町村税滞納整理員という肩書を用いていた点、同人のした徴税の実績に応じて算定される金員が町村会に納付されることになつていた点に考慮をめぐらすとき、只木の任命は、真実同人を福島町の吏員とする意思ではなく、単に同人に徴税行為をさせる目的のもとに、かつ、その徴税行為が正当なものであるかの如く装うため、同人と控訴人とが通謀してした行為であつて無効であり、また、控訴人と町村会との間の本件契約は、町税の徴収を町村会をして行わせ、その実績に応じて対価たる金員を町村会に納付することを内容とするもので、いわば請負契約類似の性質のものであると断ぜざるを得ない。なお、控訴人は、町村会に納付する金員は、町村会が行つている滞納整理事業の経費に充当されるもので本質は町村会の会費であり、また、只木の派遣を受けたことの対価ではあつても、同人が徴税行為をしたことの対価ではないと主張するが、本件契約によると、只木が現実に徴税行為を行つた場合においてのみ、かつ、その徴収金額と取扱件数とを基準に算出された金員の納付義務が発生するのであるから、右金員が単に只木の派遣を受けたことに対する対価にすぎないとは到底いえず、かえつて只木正確にいえばその使用者たる町村会が徴税行為を行つたことの対価であると認めるのが相当であり、町村会が右金員を滞納整理事業の経費に充当しているからといつて、なんら右認定の妨げとなるものではない。

そうしてみると、控訴人と町村会との本件契約は、地方自治法第二四三条第三項の「普通地方公共団体は、公金の徴収若しくは支出の権限を私の団体若しくは個人に委任し、若しくはその権限をこれらの者をして行わせ(中略)てはならない」との規定に違反し、無効であるといわねばならない。もつとも、成立に争いのない乙第七、第八号証、同第一〇号証によると、町村会は昭和三三年六月頃、町村財政の健全化を図るため北海道町村会滞納整理事業という名称のもとに、町村会に滞納整理員を置き町村長の求めに応じて派遣し、町村税の滞納整理にあたらせ、当該町村は滞納整理員が徴収した税額の一〇〇分の五および取扱件数一件につき金一〇円の割合による金員を町村会に納付する、という内容の事業を開始してかなりの成績を挙げており、本件契約も右事業の利用として行われたものであることが認められるところ、かかる事業が、いわゆる安い政府(チープ・ガバメント)の要請に合致する旨の控訴人の主張には傾聴すべきものがあるけれども、地方自治法は、地方公共団体の協力関係に関して第二五二条の二第一項前段の管理執行のための協議会の設置、第二五二条の一四の事務委託、第二五二条の一七の職員派遣、第二八四条の事務組合等の諸制度を設けているのであるから、これらの制度を利用することによつて控訴人主張の安い政府の要請は、少なからず充足されうるものと思われ、従つて町村会の滞納整理事業が右の要請を達成するため不可避の制度であるとは思われず、他面前掲第二四三条第三項の規定は、公金という性格からしてその取扱いに関して責任を明確にし、公正の確保を期するためのもので、厳格にこれを遵守することが要請されると解すべきであるから、本件契約が違法でないとする控訴人の主張は採用できない。

次に、弁論の全趣旨によると控訴人が本件契約に基づく金員を今後さらに町村会に納付しようとしていることが認められるところ、右契約が無効である以上、右金員の納付が適法な原因を欠く支出として、地方自治法第二四三条の二にいう「公金の違法な支出」に該当することは明らかである。

しかして、被控訴人が福島町の住民であること、同人が右金員の納付につき福島町監査委員に対し同法第二四三条の二第一項に基づく監査請求をし、違法でない旨の通知を受けたことは、当事者間に争いがないから、同条第四項に基づき契約の無効確認と支出の禁止を求める被控訴人の本訴請求は、適法かつ正当として認容すべきものである。

よつて本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 雨村是夫 神田鉱三 三好達)

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